大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)6199号 判決

原告

大城太郎こと

徐泰鎬

被告

松山文珍こと

宋文珍

主文

1  被告は原告に対し金62万8326円およびこれに対する昭和53年10月18日から支払いずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを4分し、その3を原告の、その余を被告の各負担とする。

4  この判決は1項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

1  請求の趣旨

1 被告は原告に対して、金800万円およびこれに対する昭和53年10月18日から支払いずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は別紙(ロ)号図面および同説明書記載の巣掛を製造し、譲渡し、貸渡し、譲渡もしくは貸渡しのために展示してはならない。

3  被告はその所有する前項記載の巣掛を廃棄せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

2 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3  請求原因

(1)  原告はかつて下記甲実用新案権を有していたものであり、また現に乙実用新案権を有しているものである。

1 甲実用新案権

(イ)  考案の名称 つぼ巣、巣箱兼用載置棚

(ロ)  出願 昭和46年6月3日(実願 昭46-47256)

(ハ)  公告 昭和50年3月3日(実公昭50-7175)

(ニ)  登録 昭和50年10月31日(第1106515号)

(ホ)  実用新案登録請求の範囲

「載置棚本体1の上面2の適宜の位置に所望数の爪状突起4.4…を設けた穴3を穿設なし前面壁5の1端6に雄ネジ杆7を固着なし他端8には横長の切欠き穴9を穿設なし、側壁5にも前面壁より遠い一端10に横長の切り欠き穴9を穿設なした載置棚本体と、当板12・12'を有する雄ネジ杆13・13'パツキング16・16'雌ネジ17・17'・17"より成る取付具とより成るつぼ巣、巣箱兼用載置棚」

(ヘ)  昭和53年3月3日第4年分登録料不納により権利消滅

2 乙実用新案権

(イ)  考案の名称 巣掛

(ロ)  出願 昭和46年5月25日(実願 昭46-42142)

(ハ)  公告 昭和50年1月17日(実公昭50-1750)

(ニ)  登録 昭和50年9月18日(第1100216号)

(ホ)  実用新案登録請求の範囲

「所望数の爪状突起1・1'…を内周内方向に設けた帯状リング2の一側外周面に基台を有する当板4を連設し、該当板4の中央に突設して外刻螺子5を刻設した止着用螺子杆6を設け之れにパツキング7及び締付雌螺子8を装着すべくなし、之等を各々合成樹脂材にて成型したことを特徴とする巣掛の構造。」

2 本件各実用新案の構成要件およびその作用効果は次のとおりである。

(1) 甲実用新案

1  構成要件

(イ)  載置棚本体1の上面2の適宜の位置に所望数の爪状突起4・4'…を設けた穴3を穿設なし

(ロ)  その前面壁5の一端6に雄ネジ杆7を固着なし他端8には横長の切欠き穴9を穿設なし、

(ハ)  側壁5'にも前面壁5より遠い一端10に横長の切り欠き穴9'を穿設なした載置棚本体と、

(ニ)  当板12・12'を有する雄ネジ杆13・13'パツキング16・16'雌17・17'・17"より成る取付具と

(ホ)  よりなるつぼ巣、巣箱兼用載置棚。

2  作用効果

(イ)  鳥籠への取付けは、ネジ方式により主に鳥籠の格子縦杆に固定するため、適当な位置に格子横杆無き鳥籠に於いても格子縦杆の全く任意の位置に取り付けをなし得る。

(ロ)  一旦鳥籠に取り付け終つてからでも鳥籠外部より雌ネジを若干緩めて上下にスライドなし、最適の高さに棚の上最面が来るように調節なし得る。

(ハ)  取り付けが安定しているので小鳥が運動する際、これに多小の衝激を加えてもこれに載置された巣箱或いはつぼ巣が落下するようなことは皆無である。

(ニ)  雄ネジは載置棚本体の壁面に固着せず壁面の切り欠き穴に遊嵌するようなしているため、鳥籠格子のピツチに応じてネジ止めなし得る。

(ホ)  ネジを設けたことにより、巣箱等を載置棚に載置した場合、巣箱等の重量による載置棚の前傾を防止なすことができる。

(ヘ)  載置棚の上面に穿設した穴につぼ巣を載置すれば、爪状突起により確実につぼ巣の座りが固定され、動揺なすことがない。

(ト)  つぼ巣或いは巣箱両者共に利用できる。

(2) 乙実用新案

1  構成要件

(イ)  帯状リング2の内周内方向に所望数の爪状突起1・1'…を設け、

(ロ)  この帯状リング2の一側外周面に基台を有する当板4を連設し、該当板4の中央に突設して外刻螺子5を刻設した止着用螺子杆6を設け、

(ハ)  之れにパツキング7及び締付雌螺子8を装着すべくなし、

(ニ)  之等を各々合成樹脂材にて成型したことを特徴とする。

(ホ)  巣掛の構造

2  作用効果

(イ)  鳥籠の格子への取付けは、ネジ方式により、主に鳥籠の格子縦杆に固定するため適当な位置に格子横杆無き鳥籠に於ても、格子縦杆の全く任意の位置に取り付けをなし得る。

(ロ)  一旦鳥籠に取り付け終つてからでも、鳥籠外部より、雌ネジを若干緩めて上下にスライドなし、最適の高さにリングが来るように調節なし得る。

(ハ)  水平方向に取り付け得ることは勿論、傾斜せしめて取り付けることもできる。

(ニ)  小鳥が運動する際、巣掛に多少の衝激を加えても巣掛にはほとんど影響がない。

(ホ)  リングは爪状突起を有する帯状リングであるため一旦巣をこのリング内に押し込み載置すれば、巣は爪状突起で完全に止留せられ、リングより脱落無きことは勿論リングに対する座りの位置が変化させられることもない。

(3) 被告はかねてから別紙(イ)号図面および同説明書記載のつぼ巣、巣箱兼用載置棚(以下、イ号製品という)、および別紙(ロ)号図面および同説明書記載の巣掛(以下、ロ号製品という)を業として製造し、譲渡し、貸渡し、譲渡もしくは貸渡しのため展示してきている。

(4) そして、被告の上記各製品は次のような構成および作用効果を有している。

(1)  イ号製品の構成

(イ)' 載置棚本体1の上面に4個の爪状突起4・4'…を設けた穴 が穿設され、

(ロ)' その前面壁5の一端6には雄ネジ杆7を固着し、他端8には横長の切欠き穴9を穿設し、

(ハ)' 側壁5'にも前面壁5より遠い一端10に横長の切り欠き穴9'を穿設し、

(ニ)' 後端18には裏側において、スプリングを保有せしめた規制突片19を設け、

(ホ)' 取付具は、当板12・12'を有する雄ネジ杆13・13'パツキング16・16'・16"および雌ネジ17・17'・17"で形成され、

(ヘ)' 更に一端を鉤状20とし、他端に小孔21・21'…を設けた係止杆22を形成している。

(ト)' つぼ巣、巣箱兼用載置棚

(2)  ロ号製品の構成

(イ)' 帯状リング2の上端に上向きの6個の爪状突起1・1'…が設けられ、

(ロ)' この帯状リング2の1側外周面3に基台を有する当板4を連設して該当板の中央に突設して外刻ネジ5を刻設した止着用ネジ杆6を設け、

(ハ)  この止着用ネジ杆6にパツキング7および締付雌ネジ8を装着すべくし、

(ニ)' これらを合成樹脂にて成型している

(ホ)' 巣掛

(3)  作用効果

イ、ロ号製品は上記のような構成をとることによりそれぞれ甲、乙各実用新案と同一の作用効果をあげるものである。

(5) 被告のイ号、ロ号製品はいずれも本件甲、乙各実用新案の技術的範囲に属する。すなわち、

(1)  イ号製品の構成を甲考案の構成要件に照らし対比してみると、(イ)'の構成は(イ)の構成要件を、(ロ)'の構成は(ロ)の構成要件を、(ハ)'の構成は(ハ)の構成要件を、(ホ)'の構成は(ニ)の構成要件を、(ト)'の構成は(ホ)の構成要件をそれぞれ充足していることが明らかであり、イ号物件の(ニ)'、(ヘ)'の構成は単なる付加にすぎない。

(2)  ロ号製品の(ロ)'(ハ)'(ニ)'(ホ)'の各構成はそれぞれ順次乙考案の(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各構成要件を充足すること明らかである。

ロ号製品の(イ)'の構成中、爪状突起を帯状リングの上端上方向に設けた点は一見(イ)の構成要件と相違するようにみえるが、よくみるとロ号製品の爪状突起の下端はリングの内周内方向に一部はみ出すようにして形成されている(ロ号図面第4図左端部分参照)。そして、このはみ出し部分(突起)は、藁等で製造された巣がリング内に押し込まれ載置される際に巣の外面に食い込み、巣を完全に止留し、リングよりの脱落を防止し、リングに対する座り位置が変化させられないという本件考案の(イ)の構成要件と全く同一の作用効果を奏するものである。したがつて、この点に着目すると、ロ号製品は乙考案にいう帯状リングの「内周内方向に」「爪状突起」を設ける構成を有しているということができ、乙考案の構成要件(イ)をも充足することが明らかである。

かりに上記はみ出し部分が乙考案にいう爪状突起と認められないとしても、ロ号製品の上記構成は前記乙考案の構成要件部分を単に設計変更したものにすぎず、これと均等なものである。

(6) したがつて、被告がかねてから業としてイ号、ロ号製品を製造譲渡等してきたことは原告の有する甲、乙各実用新案権を侵害するものである。

(7) 被告は故意又は過失により前記のとおり甲、乙各実用新案権を侵害することにより原告に下記のような損害を蒙らせた。

すなわち、被告は(イ)甲実用新案権公告日の翌日である昭和50年3月4日から同53年3月3日までの間イ号製品を少くとも合計30万個製造販売し、1個当り40円の利益合計金1200万円以上の利益をあげ、(ロ)乙実用新案権公告日の翌日である昭和50年1月18日から昭和53年12月末日に至るまでの間ロ号製品を少くとも合計92万個製造販売し、1個当り約6.69円の利益合計金616万円の利益をあげた(なお、かりに上記数額が認められないとしても、原告が被告の取引先等を調査した結果と原告の営業経験に基き改めてその原価計算をした結果によると、被告は少くとも前記各期間中、イ号、ロ号各製品をそれぞれ9万個は製造販売し、イ号製品については1個当り41.10円、合計金369万9000円の、ロ号製品については1個当り8.83円、合計金79万4700円の各利益を得たことは確実である。そして、その利益計算経過は別紙各推定原価表記載のとおりである。

したがつて、原告は上記と同額と推定される損害を蒙つた。

(8) よつて、原告は被告に対しロ号製品に関する請求趣旨1項同旨の差止請求および前記イ号製品関係の損害金1,200万円の内金500万円とロ号製品関係の損害金616万円の内金300万円との合計金800万円およびこれらに対する各訴状送達の翌日たる昭和53年10月18日から支払いずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求をする。

4  請求原因に対する答弁

(1)  請求原因(1)(2)項は認める。

(2)  同(3)項のうち被告がイ号ロ号各製品を過去に製造販売したことは認めるが、現に製造販売しているとの点は否認する。

(3)  同(4)項のうちイ号製品に関する主張部分は認めるが、ロ号製品に関する主張部分は否認する。

(4)  同(5)項の(1)は認めるが、(2)は否認する。

(5)  同(6)、(7)項は否認する。

被告が原告主張の期間内にイ号製品を製造販売して得た利益は27万1250円にすぎない。すなわち、被告は上記期間中イ号製品を5万個製造し、これを1個66.5円(70円を5パーセント値引した額)で販売したが、そのうち5パーセントの返品があつたところ、イ号製品の1個当りの製造原価は57.75円であつた(①プラスチツク原料代13.5円②染料代0.75円③成型工賃15円④ケース代3円⑤スプリング代6.5円⑥スプリング取付費10円⑦金型償却費9円)。そして、以上の諸元をもつて計算すると被告の利益は計算上27万1250円となる(①66,5×0.95-57.75=5,425円②5,425×50,000=271,250)。

また、被告の原告主張期間内におけるロ号製品製造販売によつて得た利益も45万2200円にすぎない。すなわち、被告は上記期間中に合計9万5000個のロ号製品を製造し、これを1個当り14円で販売したが、そのうち5パーセント分の返品があつたところ、その1個当りの製造原価は8.54円であつた(①原料代2.16円②染料代0.12円③成型工賃3.5円④ビニール袋代0.1円⑤金型償却費2.66円)。そして、以上の諸元をもつて計算すると被告の利益は計算上45万2200円となる(①14×0.95-8.54=4.76②4.76×95,000=452,200)。

5  被告の主張

ロ号製品の構成(イ)'は乙考案の構成要件(イ)を充足していないから、ロ号製品は乙考案の技術的範囲に属しないこと明らかである。すなわち、

(1)  乙考案の(イ)の構成要件は爪状突起を帯状リングの「内周」「内方向」に設けることを要件としているのに対し、ロ号物件の(イ)'の構成は爪状突起を帯状リングの「周縁上面」「上方に向けて」設けたものであり、この点において、ロ号物件の(イ)'の構成は明らかに乙考案の(イ)の構成要件と相違しているのである。

なお、原告は、ロ号物件の爪状突起の基部がリングの内周面側に僅かにはみ出している点を捉えて、これを乙考案にいう内周内方向に設けられた爪状突起に相当するものであると主張し、その作用効果も乙考案所期のそれと同一であると述べている。しかしながら、上記はみ出し部分は合成樹脂成型品に於いて雄雌金型の合せ面に樹脂が侵入して生じる所謂バリであり、突起というには程遠いほのである。乙考案において「突起」とは常識的に巣の周面に刺突し得る「爪状」のものと理解されるが、上記の如きバリはこれに該当しない。物理的且つミクロ的にはバリも突起であるかもしれないが、草藁で形成された極端な粗面を有する巣を「止留」するためには、乙考案にいう爪状突起が自ずからその形状大きさにおいて限定されることは当然であつて、これが成型品に必然的に生じるバリまでをも包含し得る筈はない。

(2)  上記の点に関する原告の設計変更または均等の主張も失当である。すなわち、

(1) 原告が乙実用新案の出願にさいし、添付した明細書によると、爪状突起は帯状リングの内周内方向にのみ設ける旨記載されており、その他の位置方向に設けることについて何ら示唆するところはない。したがつて、乙考案が爪状突起を「内周内方向」に設けることを要件とした趣旨は上記要件を文字どおりに限定したものであつて、その他の位置、方向に設けることは意識的に除外したものと解すべきである。

そして、このように出願人が自らある要件を一定の範囲に意識的に限定(又は除外)したような場合には、当該技術事項については、もはや如何なる意味でもその文言からはずれた構成を当該要件の中に取り込むような解釈は許されるべきでない。

そうすると、原告の前記設計変更ないしは均等物の主張は主張自体失当である。

(2) 上記の点は暫らくおくとしても、もともと乙考案において、爪状突起を帯状リングの内周内方向に設けた所以は、リング内に巣を押し込んだとき、該突起が巣に対して求心方向に食い込むので、巣の押し込み方向ならびに抜け出し方向のいずれ方向にもその移動を阻止する作用をするため一且巣をこのリング内に押し込み載置すれば巣は爪状突起で完全に止留せられ、リングよりの脱落が無く、又、リングに対する座りの位置が変化させられることがない等の作用効果を得る点にあるのである(乙実用新案公報3欄11行目から4欄1行目まで参照)。

しかるに、ロ号物件における爪状突起は帯状リングの周縁上縁に上方に向けて設けているため、通常の大きさの巣をリング内に押し込んだとき、該突起は巣を突刺することはできない。したがつて、巣は突起に全く触れず、唯単にリングによつて周面を抱持されるにすぎず、押し込み方向ならびに抜け出し方向のいずれに対しても移動を全く規制されておらず、リングに対する座りの位置が極めて不安定なことは勿論、簡単容易に脱落してしまうものである。又、市販の通常の巣より大きい巣をリングに押し込んだときには、爪状突起は巣に対してその接線方向に僅かに触れる程度にすぎず、この場合も巣の座りの位置は不安定であり、かつ抜き出し方向に簡単容易に脱落してしまうものである。

以上のように、ロ号物件の爪状突起は、乙考案の構成要件(イ)の奏する巣のリングへの完全な止留と脱落や座りの位置変化防止、等の作用効果を全くあげうることはできず、単なる装飾的作用を果すものにすぎない。そうすると、原告の設計変更あるいは均等の主張はこの点でも失当である。

6  証拠

(原告)

1 甲第1ないし第13号証、検甲第1号証(イ号製品)、第2号証(原告の甲実用新案権実施品)第3号証(ロ号製品)、第4号証(原告の乙実用新案権実施品)第5号証(市販のつぼ巣)、第6号証(ロ号製品の構成中、その爪状突起下端のリング内側に突出した部分を削りとつたもの)を提出。

2 原、被告各本人尋問の結果を援用。

3 乙第1号証の1ないし6、第2号証の成立は認める、その余の乙号各証の成立は不知、検乙第1号証が被告主張のものであることは認める。

(被告)

1 乙第1号証の1ないし6、第2号証、第3号証の1ないし3、第4ないし第7号証、検乙第1号証(被告が昭和54年1月以降製造販売している巣掛)を提出。

2 被告本人尋問の結果を援用。

3 甲第1、第2号証の成立は認め、その余の甲号各証の成立は不知、検甲号各証がいずれも原告主張のようなものであることは認める。

理由

第1甲実用新案権侵害に基く損害賠償請求について

1  原告がかつてその主張の期間甲実用新案権を有していたこと、および被告が昭和50年3月3日(上記権利公告の日)から3年間(上記権利が登録料不納のため消滅するまでの期間)業としてイ号製品を製造販売していたことは当事者間に争いがない。

そして、イ号製品の構成が甲考案の構成要件を全部充足し(それが故に甲考案所期の作用効果と同一の作用効果を奏し)、よつてその技術的範囲に属することも被告の自認するところである。

2  そうすると、被告は前記の期間イ号製品を業として製造販売することにより甲実用新案権を侵害していたものであり、かつ上記権利侵害は被告の過失によつてなされたものと推定される(実用新案法30条、特許法103条)。

3  そとですすんで原告が上記権利侵害によつて蒙つた損害について検討する。

原告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第3ないし第13号証、被告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第7号証および原告(但し1部)、被告各本人尋問の結果によると、被告の前記期間中におけるイ号製品製造販売数は被告が帳簿類一切を滅却したというので必らずしも明らかではないが、少くとも大口の取引先石橋商店ほか10店に対し合計5万8980個(以上、原告の上記店舗調査の結果)とその他の店へ5,000個(被告本人の供述と弁論の全趣旨による)、都合6万3980個になり、その販売価額はその一部2万9020個については1個当り70円、その余の3万4960個(大口取引先石橋商店販売分)については1個当り66.5円(70円から5分引き)であつたが、なお上記販売数の少くとも5パーセントは返品を受けたので、結局、被告はイ号製品の製造販売によつて金413万8428円の売上金を得たことが認められる(70×29020×0.95+66.5×34960×0.95=4138428)。

次に、被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第3号証の1ないし3、第4ないし第6号証および被告本人尋問の結果によると、被告がイ号製品の製造に要した原価は被告主張のとおり(事実欄4の(5)参照)1個当り57.75円、これに前記売上数量6万3980個から5パーセントの返品分を控除した6万0781個を乗じた351万102円(円未満切捨て)となることが認められる。

そうすると、被告のイ号製品製造販売によつて得た純利益は62万8326円である(4,138,428-3,510,102=628,826)。

原告の主張によると、前記認定の販売数量は過少にすぎ、他方原価計算は過多にすぎることとなり、この点に関する原告本人の供述中には一部首肯できなくはない点も存する。しかし、上記供述だけをもつて確証とすることはできない。その立証責任に照らしいずれの数値も被告に有利に控え目に認めるほかない。

したがつて、原告が蒙つた損害は上記被告の利得額62万8326円(販売価額の約18パーセント)と推定される(実用新案法29条1項)。

4  してみると、原告の甲実用新案権侵害に基く損害賠償請求は上記損害金62万8326円とこれに対する履行遅滞後であること明らかな昭和53年10月18日から支払いずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当である。

第2乙実用新案権侵害に基く差止請求および損害賠償請求について

1  原告が乙実用新案権を有していること、および被告が、現在は暫らくおき、かつて上記権利公告の日以降業としてロ号製品を製造販売していたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、ロ号製品が乙考案の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

乙考案の構成要件およびロ号製品の構成を分説するとそれぞれ原告主張のとおり(イ)ないし(ホ)および(イ)'ないし(ホ)'となること(前者につき事実欄3(2)(2)1、後者につき(4)(2)参照)は当事者間に争いがない。

1 上記分説を対応させると、ロ号製品の構成中(ロ)'(ハ)'(ニ)'(ホ)'の各構成が乙考案の(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各構成要件をそれぞれ充足していることは明らかである。

2 そこで、残る(イ)'の構成を(イ)の構成要件に対比してみるに、前者の爪状突起(1・1'…以下、原則として1個の爪状突起についてのみ論ずる。)は帯状リング2の上端に上向きに設けられているという取付位置と方向の2つの点において帯状リング2の「内周」「内方向」に設けることを要件とする(イ)の構成要件を充足していないことが認められる。

この点に関し、原告は、ロ号製品の爪状突起1をよくみると、それはリング2との接続部分において一部内側にはみ出しており、上記「はみ出し部分」が(イ)の構成要件にいう内周内方向に設けられた瓜状突起に該当するかのように主張している。

しかし、ロ号製品の構成を全体的に観察すると、ロ号製品中「爪状突起」に該当するのはやはり爪状突起1全体とみるべきであつて、これがリング2の上端に上方向に設けられているとみるのがロ号製品の構造上の理解としては妥当である。すなわち、ロ号製品であることに争いない検甲第3号証(但し、正確にはその組立て前のもの)によれば、原告のいうはみ出し部分は、被告が主張するようなプラスチツク成型過程で生じたバリであるとは認め難いとしても、そのはみ出し量はリングを正面からみて僅か1耗前後であり、その形状も高さ約8耗に対し底面直径約6耗の円錐の下端一部分であつてとうてい「爪状突起」というにふさわしいものでないことが認められる。換言すると、ロ号製品の該はみ出し部分はその爪状突起の底面直径がリングの左右方向厚みよりやや大きいものとされた結果まさにはみ出した部分にすぎないと解される(なお、前記検甲第3号証によると、ロ号図面第4図は爪状突起の形状やそれが外側にはみ出していないように作図されている点において不正確である。)そして、それが故に、ロ号製品の内側はみ出し部分は乙考案における爪状突起所期の作用効果すなわち「一旦巣をこのリング内に押し込み裁置すれば巣は爪状突起で完全に止留せられ、リングより脱落無きことは勿論、リングに対する座りの位置が変化させられることもない。」(成立に争いない甲第2号証の乙実用新案公報3欄12行目から4欄初行目まで。但し、傍点は当裁判所が付したもの。)という効果を発揮しうるものでないことが一見して明白である(検甲第6号証は上記判断を左右するものではない。)。したがつて、原告の前記主張は失当である。

また次に、原告は、ロ号製品の(イ)'の構成は(イ)の構成要件の単なる設計変更または均等の構成であるとも主張している。

しかし、(イ)'の構成は以下述べるとおり(イ)の構成要件所期の作用効果と同一の作用効果を奏しているとは考えられない。したがつて、上記主張もまた爾余の判断をなすまでもなく失当である。すなわち、もし上記主張が前示はみ出し部分についていうのであれば、上記はみ出し部分が(イ)の構成要件所期の作用効果を奏しえないものであること前記のとおりである。またもし、上記主張が爪状突起一全体の構成についての主張であるとしても、当裁判所は、以下の理由により、上記爪状突起1もまた(イ)の構成要件所期の作用効果を奏していないと解する。すなわち、

まず、乙考案における爪状突起の前示所期の作用効果は単にある程度のリングの止留、脱落防止効果等があるというのでは足らず、完全に上記の作用を果すことを意図したものと解するのが、前記明細書の記載に照らし相当である。このように理解してこそはじめて乙考案が爪状突起をほかでもない「内周内方向」に設けることとした趣旨も明らかになると考えられる。

しかるところ、ロ号製品の爪状突起の構成においては、それがリングの上端から直上方向に向いているため、いま巣をリング内に垂下する如く突込み正置した場合には突起の巣への止留効果は殆んど得られず、また巣をリングに対し傾斜せしめるような相対位置で突込んだ場合には、その傾斜角度如何によつては6個の爪状突起のうち1個ないし数個が巣に突刺ささりうる形になることはこれを認められるけれども、この程度では前示のような趣旨での乙考案所期の作用効果(完全な止留効果)を奏しているとはにわかに認め難い(爪状突起の突出し方向が正面からみて内側に鋭角をなす場合であれば上記角度如何によつては同効を奏するとみて差し支えない場合もあると考えられるが、直上90度以上鈍角をなす場合は該突起はもはや乙考案の意図した突起の技術的意味を失つてしまつていると解するわけである。なお、市販の巣であることに争いない検甲第5号証はこの種鳥巣の標準的なものであると解されるところ、その藁編みの仕方はかなり強固かつ密であること、したがつて、これと乙考案の実施品であることに争いない検甲第4号証の爪状突起との関係をみた場合、該突起がリングの内周内方向に設けられ、かつ突起自体より小さく鋭利に構成されているため、前記巣への突刺しが容易であり、ために完全な止留効果を発揮している点参照)。

もつとも、このように解すると、ロ号製品における爪状突起の技術的意味は皆無に近いこととなり、それは単に意匠装飾的な意味あるいはユーザーがこれをみたときにあたかも乙考案同旨の効果があるものと錯覚させる効果しか認められないものとなる(このことは被告もその本人尋問にさいし自認しているところである。)。したがつて、このような構成を採用した被告を非難する原告の心情は理解に難くない。しかし、それが故に上記(イ)'の構成を何らかの法理により実質上(イ)の構成要件に該当すると解することもまた困難である。

以上のとおりであるから、ロ号製品は乙考案の技術的範囲に属しない。

3  そうすると、被告が業としてロ号製品を製造販売し、またはすることは何ら原告の乙実用新案権を侵害するものではない。

4  してみると、原告の乙実用新案権侵害に基く差止請求および損害賠償請求は爾余の判断をなすまでもなくすべて失当である。

第3結論

よつて、原告の本訴請求は上来説示の範囲でこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法92条を、仮執行宣言につき同法196条を各適用して主文のとおり判決する。

(畑郁夫 上野茂 中田忠男)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例